腸腰筋の解剖学的基礎と臨床的有用性について考えよう-解剖学シリーズ

こんにちは。整体サロンpirka-ピリカ-の山田です。

腸腰筋は大腰筋と腸骨筋から構成される強力な股関節屈曲筋群であり、骨盤と体幹の安定性に密接に関与する筋肉です。
解剖学的にも機能的にも重要である一方、腰痛や股関節疾患との関連が複雑であり、臨床現場では「腸腰筋が弱い・硬いから症状が出ている」と単純化してしまう確証バイアスに陥りやすい部分でもあります。

この記事では、腸腰筋の基礎知識から機能的役割、さらに近年の研究報告をもとに臨床的有用性を多角的に考察してお伝えしていきたいと思います。

整体師、柔道整復師、理学療法士、鍼灸師、セラピスト、トレーナーといった身体についての専門職の方々の臨床への一助になれば幸いです。

 腸腰筋の解剖学的基礎

大腰筋は腰椎の椎体および横突起から起始し、大腿骨小転子に停止します。腸骨筋は腸骨窩から起始し、大腰筋と合流して小転子に付着します。
両筋が一体となって作用することで、股関節屈曲の主要筋として機能しています。

◆大腰筋
起始:胸椎5椎体、腰椎1〜5椎体・椎間円板・横突起
停止:大腿骨小転子
神経支配:腰神経叢
作用:股関節の屈曲・外旋
◆腸骨筋
起始:腸骨内側面・腸骨稜内側
停止:大腿骨小転子
神経支配:大腿神経
作用 :股関節の屈曲・外旋

大腰筋は腰椎の安定性にも寄与し、体幹の姿勢制御に関与していることが知られており、腸腰筋は単なる股関節屈曲筋ではなく、体幹骨盤下肢をつなぐ「姿勢安定筋」として理解されています。

 論文による腸腰筋の機能形態の特徴

腸腰筋の中の大腰筋に関してはTh12の高さから付着が見られます。
横隔膜もL1〜2の高さまで付着ある為、大腰筋と横隔膜の付着部は交差する形となっています。
この事から大腰筋の筋緊張は呼吸に影響を与える可能性があり、かつ呼吸機能の改善は大腰筋および腸腰筋に影響を与えて、腰痛や股関節周囲の症状の緩和に役立つと考えられます。

また腸腰筋は立位姿勢における体幹安定性に寄与する事がわかっており、特に片脚立位や歩行のスイング期において大腰筋の適切な活動は下肢のリズミカルな運動を支えています。歩行の改善には腸腰筋の筋力強化や協調性訓練が必要であると考えられるでしょう。

他にも慢性腰痛患者では大腰筋の活動パターンが健常者と異なることが報告されており、大腰筋は腰椎安定性の低下と関連している可能性を示唆されています。そして大腰筋を含めた腸腰筋の柔軟性低下は骨盤前傾を助長し、腰椎前弯の増大を引き起こします。これは腰痛患者における典型的なアライメント異常の一因であり、臨床評価の重要な視点となるのは臨床でも基本になりつつあります。

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 腸腰筋の臨床的有用性

腸腰筋はスポーツ動作においても中心的役割を果たします。
走行やキック動作、ジャンプ時の股関節屈曲動作においては必須の筋であり、特に短距離走やサッカー、バスケットボールなど爆発的な下肢運動を伴う競技ではパフォーマンスの鍵を握る為、スポーツ現場では積極的にトレーニングの対象に取り入れられる傾向があります。
例えば研究でも大腰筋の筋断面積がスプリント能力と相関することが示されており、腸腰筋の筋量が瞬発的な下肢パワーに直結することを明らかにしました。つまり、腸腰筋はリハビリ分野だけでなく、アスリートのトレーニングにおいても注視すべき筋群であるといえます。

そして腸腰筋はスポーツ以外でも重要性が指摘されており、腸腰筋の機能不全は多様な臨床症状と関連します。
腸腰筋の短縮や過緊張は腰椎過前弯を引き起こして腰痛の一因となることが報告されている他、弱化は股関節屈曲力の低下や歩行障害に直結し、高齢者の転倒リスク増大に関与しています。
他にも大腰筋は腰椎の前方安定化に寄与することから、筋機能低下が腰椎椎間板ヘルニアのような椎間板障害や不安定性腰椎のリスクを増大させるとの見解も指摘されています。

このように腸腰筋はスポーツ分野からリハビリ分野まで幅広く注目されている筋肉である事を覚えておきましょう。

腸腰筋へのアプローチとしては多種多様ありますが、一般的なのは手技療法ストレッチング筋力強化の3つが挙げられます。
手技療法は腹直筋の筋縁から指などを差し込み腸腰筋に刺激を与えるのがポピュラーです。機械的な刺激によって血流の促進や神経感受性の正常化を促します。
腸腰筋のストレッチはランジ姿勢で骨盤を後傾(+股関節伸展)や側臥位での股関節伸展などをさせることで効果的に行います。側臥位や腹臥位、立位など体勢は様々で個人に合わせたものを専門家が症状に合わせて選択しましょう。
筋力強化はレッグレイズ、ニーリフト、抵抗バンドを用いた股関節屈曲運動が代表的なトレーニングとして挙げられます。こちらも介入の方向性は症例や個人差に応じて異なりますのでそれらを考慮した上での提供を心がけましょう。

ここまで腸腰筋は腰痛や骨盤前傾と深く関連するとされるお話をしてきましたが、全ての腰痛の原因を腸腰筋に求めることは誤りであることは留意しておく必要があります。
例えば、腰痛患者に腸腰筋ストレッチを施しても改善しないケースも多く存在します。
また、腸腰筋のサイズや強さと腰痛発症リスクの関係については、研究によって結論が分かれている部分もありますので、腸腰筋を臨床的に評価するうえで「重要だが万能ではない」事を必ず押さえ、常に他の因子(多裂筋、腹横筋、殿筋群など)との関連を比較検討する姿勢を持ち続けましょう

山田
腸腰筋は臨床で疼痛改善に重要かつ、その他の症状でも活用の幅が広い筋肉の1つです。ただし腸腰筋が全ての症状に100%効くという事はあり得ないので、情報を鵜呑みにせずに広い視点を持つようにしてあげてくださいね

 まとめ

どうでしたでしょうか?

腸腰筋は解剖学的にも機能的にも股関節・腰椎の安定性を支える中心的筋群であり、腰痛からスポーツパフォーマンスまで幅広い臨床的意義を持ちます。
その一方で、腸腰筋の役割を過大評価しすぎると確証バイアスに陥り、誤った治療方針につながる危険があることは十分に理解しておく必要があります。

この記事が身体についての専門職の方々の臨床への一助になれば幸いです。