僧帽筋の解剖学的基礎と臨床的有用性について考えよう-解剖学シリーズ

こんにちは。整体サロンpirka-ピリカ-の山田です。

僧帽筋は、頭蓋骨から胸椎下部にかけて広がる大きな筋であり、解剖学的にも機能的にも多面的な役割を持つ筋群です。
臨床においては頚部痛、肩こり、肩甲骨機能障害など多くの症状と関連することが知られていますが、その一方で「僧帽筋は単に肩をすくめる筋である」といった単純化された理解が依然として現場に存在しています。
この記事では、僧帽筋の基礎知識と臨床的有用性について近年の論文を基に整理しつつ解説していきたいと思います。

整体師、柔道整復師、理学療法士、鍼灸師、セラピスト、トレーナーといった身体についての専門職の方々の臨床への一助になれば幸いです。

 僧帽筋の解剖学的基礎

僧帽筋は上部・中部・下部線維に大別され、それぞれ異なる作用を持ちます。頭蓋骨から胸部下部までの広い範囲に付着しています。
まずは教科書的な解剖学的基礎を確認しましょう。

◆起始停止・支配神経・作用
起始:後頭骨、項靭帯、C7–T12棘突起
停止:鎖骨外側、肩峰、肩甲棘
神経支配:副神経、頚神経叢
作用:上部線維は肩甲骨の挙上と上方回旋、中部線維は肩甲骨の内転、下部線維は肩甲骨の下制と上方回旋

また僧帽筋は単なる局所的な動きに関与するだけでなく、その広い付着部から肩甲帯全体の安定性と可動性に大きな影響を与えています。

 僧帽筋と肩甲上腕リズム

肩関節は肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の2つの関節から構成されます。
肩甲上腕リズムは上肢挙上時に肩甲骨と上腕骨が協調して動くことをいいます。例えば「肩関節の外転」は肩甲骨の上方回旋が60度、肩甲上腕関節の外転が120度・・この2つの動きが合わさって180度の可動域を実現しています。

そして僧帽筋はこのリズム形成に不可欠な役割を担っています。特に僧帽筋上部線維と下部線維の協調的収縮は肩甲骨の上方回旋をするにあたって、安定性の保持や運動精緻性の確保などの重要な役割を持っています。

肩甲胸郭関節の機能解剖と臨床的観点。肩甲胸郭関節の機能性に影響する因子とは?

2025年6月16日

 僧帽筋に関わる疼痛とリハビリテーション

僧帽筋に関わる疼痛

僧帽筋機能の低下は肩関節インピンジメント症候群や腱板障害に関与することが報告されており、臨床的にはリハビリや施術において僧帽筋強化や機能改善がたびたび焦点となります。

また僧帽筋は筋緊張性頭痛や頚部痛の発生源としてもよく知られています。特に僧帽筋上部線維に存在するトリガーポイントは、頭部への関連痛を引き起こすことが多く、よく臨床現場での施術アプローチの対象になります。

リハビリテーション

上部線維の過緊張に対してはストレッチやリラクゼーション、中部・下部線維の機能低下に対しては筋力強化エクササイズが推奨される事が多いです。
例えば、僧帽筋下部線維をターゲットとしたプローンYエクササイズや、セラバンドを用いた肩甲骨内転・下制運動は僧帽筋下部線維の筋力強化に有効であることが研究などでも示されています。

ただし僧帽筋に緊張や硬結、筋力低下などがあったとして「弱っているから鍛えるべき」「硬いから緩めるべき」といった単純化は危険であり、しっかりと症例ごとに他の要因を考慮する必要があります。
例えば、肩関節インピンジメントにおいて僧帽筋の機能改善が有効とされる一方で、必ずしも改善につながらない症例も存在します。これは筋だけでなく運動制御、神経系、姿勢、心理的要素などが複合的に影響しているからです。僧帽筋が主要因かどうかも考慮しつつ、他の可能性と比較しながら検討してリハビリや施術を行いようにしましょう。

山田
肩こり筋の代表としてやはり「僧帽筋上部線維」が有名だけど、肩こりの人は胸鎖乳突筋肩甲挙筋頚部伸展筋群の筋硬度比も有意に高い。非利き手側では胸鎖乳突筋の筋硬度比が有意に高い。症例によって僧帽筋以外の影響も忘れないようにしよう

 論文による僧帽筋の機能形態の特徴

臨床でのアプローチの幅を広げるために、解剖学書には載っていない僧帽筋の機能や形態をご紹介します。

肩こりなどでは僧帽筋の付着範囲で硬結部位の皮膚温度が0.3~0.5度下がるとされています。この事から皮膚温の改善が僧帽筋の硬結に対してのアプローチの一つである事を示唆しています。

また僧帽筋裏面を走行する静脈は
①動脈に伴走しない静脈が存在
②静脈の合流点の数は動脈の分岐点の数の1.5倍
③静脈弁が欠落している
という特徴を持っています。

上記に加えて、上大静脈へ流れる経路とは別に側副路として外椎骨静脈叢へ流れる経路が存在することも特徴として挙げられます。この事から僧帽筋の機能改善や硬結の解消は全身の循環に影響を与える可能性があります。
この特徴はリンパマッサージや静脈還流を促す手技などでは、手技によって流す方向を考える手助けになるかもしれません。

科学的論文の見方についての考察 ―比較検討の重要性

2025年10月7日

 まとめ

どうでしたでしょうか?

僧帽筋は肩甲帯の安定性と可動性、疼痛の発生源、姿勢保持に至るまで多様な役割を持ちます。
臨床的には僧帽筋の評価とアプローチが重要である一方、周囲の筋群や心理社会的要因を含めた包括的な理解やアプローチを、忘れずに考え提供していくことがとても大切です。

施術家の中で最も代表的と言っても過言ではない僧帽筋ですが、調べるとまだまだ知らないことがたくさんあったり、臨床に使えることもどんどん出てきます。やはり人の体は知れば知るほど面白いですね。

この記事が、身体についての専門職の方々の臨床への一助になれば幸いです。